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熊本地方裁判所 昭和62年(ワ)584号 判決

反訴原告

鶴田昇

ほか二名

反訴被告

富田隆二

主文

反訴原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は反訴原告らの負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  反訴被告は、反訴原告鶴田昇に対し金四三七万五六二〇円、反訴原告島田和代に対し金三二五万五五四〇円、反訴原告島田美香に対し金六四万三〇〇〇円及び右それぞれに対する昭和六〇年九月二三日以降支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

三  仮執行の宣言。

第二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第三請求の原因

一  本件事故の発生

反訴原告島田和代(以下反訴原告和代という。)は、昭和六〇年九月二三日、反訴原告鶴田昇(以下反訴原告鶴田という。)および同島田美香(以下反訴原告美香という。)を同乗させて、普通貨物自動車を運転していたところ、宇土市新松原町四〇番地南国ドライブイン前において、反訴被告が運転していた普通乗用自動車に追突された。

二  その結果反訴原告らはいずれも頸椎捻挫となり、左記損害をこうむつた。

1  反訴原告鶴田関係

(一) 治療費

〈1〉 昭和六〇年九月二三日から同月二四日まで二日間宇土外科胃腸科医院に通院、治療費 二〇万一〇〇〇円

〈2〉 同月三〇日から同年一〇月三一日まで三二日間盛内科医院に入院、治療費 五五万二五二〇円

〈3〉 同年一一月七日から昭和六一年一月二〇日まで七五日間河野整形外科医院に入院

昭和六〇年一一月二日から同月六日までおよび昭和六一年一月二二日から同年二月七日まで二二日間同医院に通院 治療費 二〇万円

(二) 慰謝料

右三医院の通算日数、入院一〇七日間、通院二四日間をもとに算定 八八万三〇〇〇円

(三) 入院雑費

一日当たり一三〇〇円として一〇七日間分 一三万九一〇〇円

(四) 休業損害

反訴原告鶴田の昭和五九年の給与所得七二〇万円、月額六〇万円

入・通院日数合計一三一日間約四ケ月分 二四〇万円

(五) 合計四三七万五六二〇円

2  反訴原告和代関係

(一) 治療費

〈1〉 昭和六〇年九月二三日から同月二五日まで三日間宇土外科胃腸科医院に通院、治療費 二六万八〇〇〇円

〈2〉 同年九月二六日から同年一一月九日まで四五日間盛内科医院に入院、治療費 七二万三三四〇円

〈3〉 同月一二日から昭和六一年一月一九日まで六九日間河野整形外科医院に入院

昭和六〇年一一月八日から同月一一日までおよび昭和六一年一月二〇日から同月三一日まで一六日間同医院に通院

治療費 二三万円

(二) 慰謝料

右三医院の通算日数、入院一一四日間、通院一九日間をもとに算定 一〇八万六〇〇〇円

(三) 入院雑費

一日当たり一三〇〇円として一一四日間分 一四万八二〇〇円

(四) 休業損害

反訴原告和代の昭和六〇年三月から同年八月までの給与所得月額二〇万円

入・通院日数合計一三三日間約四ケ月分 八〇万円

(五) 合計 三二五万五五四〇円

3  反訴原告美香関係

(一) 治療費

〈1〉 昭和六〇年九月二三日宇土外科胃腸科医院に通院、治療費 一一万一〇〇〇円

〈2〉 同年一二月二一日から昭和六一年一月一九日まで三〇日間河野整形外科医院に入院

昭和六〇年一一月二六日から同年一二月二〇日までおよび昭和六一年一月二〇日から同月三一日まで三六日間同医院に通院

治療費 一〇万円

(二) 慰謝料

右二医院の通算日数、入院三〇日間、通院三七日間をもとに算定 三九万三〇〇〇円

(三) 入院雑費

一日当たり一三〇〇円として三〇日間分 三万九〇〇〇円

(四) 合計六四万三〇〇〇円

三  よつて、反訴原告らは、反訴被告に対し、不法行為にもとづく損害賠償として請求の趣旨記載の金員の支払いを求める。

第四請求の原因に対する認否及び反訴被告の主張

一  認否

1  請求原因第一項は認める。

但し、追突の程度は非常に軽微なものであつた。

2  請求原因第二項の事実は全て不知。

二  反訴被告の主張

1  本件追突事故は、実際は非常に軽度の接触で、接触された側の車両(反訴原告車)には、損害は全く発生しない程度のものであり、むち打ち症状が発生する程の事故ではなかつた。従つて、反訴原告らの入院並びに通院は本件事故とは無関係なものである。

2  反訴原告鶴田及び同和代は、本件事故によつて休業損害を受けたと主張するが、反訴原告鶴田の事業所はかねてより暴力団豊原組の事務所として使用されており、事業実態は全くない。また、反訴原告和代のいう島田興業の工場は、昭和五九年一月一八日より訴外坂田重人に賃貸され、倉庫として利用されていたもので、すでに事故当時事業実態のない会社であつた。よつて、右反訴原告らに休業損害が発生することはない。

第五証拠

本件記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因第一項の事実(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に、反訴原告車を撮影した写真であることについて争いのない甲第一号証、原本の存在及びその成立に争いのない甲第五号証ないし第八号証及び第一〇号証、成立に争いのない甲第二四号証並びに反訴原告鶴田昇及び反訴被告各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

1  本件事故当時は、相当強い雨が降つていたが、反訴被告は普通乗用自動車を運転して、反訴原告和代の運転する普通貨物自動車(ライトバン、助手席に反訴原告鶴田、後部座席に反訴原告美香が同乗)に追従して、時速約二〇粁で進行中、カーラジオを操作していて前方注視を怠つたため、折からの渋滞で前車に続いて停止した反訴原告車に気づくのが遅れ、約五・三米に接近してとつさに急制動するとともにハンドルを右に切つたが及ばず、反訴被告車の左前部角を反訴原告車の右後部角に衝突(追突)させた。

2  衝突時、反訴原告車にはヘツドレストが装着されてあり、反訴原告和代は運転席でシートベルトを締め、ハンドルを両手で握り、右足でブレーキペダルを踏み、背中をシートにつけて前方を見ており、反訴原告鶴田も助手席でシートベルトを着用していた。

3  前記追突により、反訴原告車は約五〇糎前方に押出されて停止し、反訴被告車も追突後約三〇糎進行して右斜めになつて停止した。

その結果、反訴原告車の後部バンパーカバー(ポリプロピレン製)の右角(湾曲部)の表面に数箇所の擦過痕(ひつかき傷)が生じ、一方、反訴被告車は左前部ウインカーレンズが割れ、その後方が少しへこんだ程度であり、他方、反訴原告らは、身体に何の異常も感じないとのことであつたので、本件事故は、一旦は物損事故として処理された。

以上の事実が認められ、反訴原告鶴田の供述中右認定に反する部分(特に、衝突時、激しい音がしたとの点及び反訴原告車が四米位い前に押しやられたとの点)は措信できず、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。

三  ところで、反訴原告らは、本件事故によりいずれも頸椎捻挫の傷害を受けたと主張するので、以下この点について判断する。

1  いずれも弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第三号証、第四号証の一及び第五号証(以上反訴原告鶴田関係)、乙第七号証、第八号証の一及び第九号証(以上反訴原告和代関係)、乙第一一号証及び第一二号証(以上反訴原告美香関係)の各診断書には、反訴原告らの主張に副う趣旨の記載があることが認められる。但し、右乙第一一号証によれば、反訴原告美香の傷病名は「頸筋捻挫」であつて、「頸椎捻挫」ではない。

2  しかしながら、反訴原告鶴田の供述及び弁論の全趣旨に徴すれば、前掲各診断書に記載された傷病名、病態・受傷の原因等は、もつぱら反訴原告らの一方的陳述・愁訴に基づくものと推認され、これに対し、他覚的所見の根拠となる資料については、本件証拠上全く認められない。そうして、各診断書記載の症状・治療経過・治療期間が反訴原告ら三名について極めて酷似していることや、反訴原告らの事故後の言動(反訴原告鶴田及び反訴被告の各供述によれば、前記認定のとおり反訴原告車には破損というほどの破損は認められなかつた(修理の必要もない)にもかかわらず、反訴原告鶴田は事故直後から、反訴被告に対し新車と取り替えることを要求したことが認められる。)に照らすと、反訴原告らの主張する各医院における診療が果して本件事故による受傷治療のために必要なものであつたかどうかについては疑問がある。

3  そこで、原告らのいう頸椎捻挫と本件事故との因果関係について更に検討するに、証人林洋の証言及びこれによつて成立の認められる甲第二号証によれば、本件事故(追突)において反訴原告車に加えられた衝撃加速度は、一・一gと推定されるところ、この程度の衝撃では(ヘツドレストの防護効果を無視したとしても)、頸部傷病の発生することは一般的には考え難いことが認められる。また、成立に争いのない甲第一二号証及び第一三号証によれば、追突された車両の破損程度が軽微もしくは小破の場合には、いわゆるむち打ち症が発生しうる程度の外力が被害車両に作用する可能性は極めて少ないと考えるべきであり、後バンパーの一部のわずかな凹損程度以下(車体変形約二糎以下)の場合、車両重量にかかわらず、むち打ち症発生の可能性は全くないとの研究結果が発表されていることが認められる。

そうであるとすれば、前記認定の反訴原告車の破損程度、追突時における反訴原告和代及び同鶴田の姿勢、反訴原告車にはヘツドレストが装着されていたこと等に鑑みれば、反訴原告らが本件事故によつて受傷する可能性はないものというべきである。

4  以上に認定、判断したところを綜合して考察すると、前掲各診断書に「頸椎捻挫」(反訴原告美香については「頸筋捻挫」)の診断がなされていても、これだけで反訴原告らが本件事故により右傷害を受けたものと認めることは困難であり、ほかには反訴原告らが本件事故により主張の傷害を受けたことを肯認するに足る証拠は存在しない。

三  してみれば、反訴原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないものといわねばならない。

よつて、反訴原告らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋重雄)

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